Read “言語変化という問題――共時態、通時態、歴史”

言語変化という問題――共時態、通時態、歴史を読んだ。

これは教授がおすすめしていいて、言語変化をソフトウェア開発の変化に置き換えた時に良い示唆を与えてくれると仰っていたためです。なので、読んでみようかなと。

言語はなぜ変化するのかという問い自体、言語には本来そなわった安定性があるのに、生成発展がそれを乱し、破壊すらしてしまうのだと言いたげである。
> p19

言語が変化することをおかしい、というのであれば、言語は変化しない絶対的なものである必要がある。という仮定を幾つかの視点から紐解いていくことから始まります。例えば、機能的に言語を理解するのであれば、言語は体系であるから機能する、ではなく、機能を遂行するためにある目的に応じるために体系をなしているとみなすことができる、というような紐解きです。

言語の比較により、ある言語がそれとは別の言語に対して云々と言えるようなことも、自身がほかの言語に対して知ることにより産まれる疑惑です。そのため、例えばフランス人はロシア語を知っててもない限り、自分が別の仕方で考えることができるとは思いもかけない、という状態になります。

ソフトウェア開発においても、おかなくても大体同じだと思うのですが、自分の外側を知らないと井戸の中の蛙のような状態になりますし、それより良い/悪いと比較することもできない、ということですね。言語学でもそういう分析がされていたとは。

その中で、言語に対して通時態と共時態に関して分析した内容がありました。これはソシュールが使った考え方で、時間という概念を元に言語を分析した区分になります。

通時態(diachrony, diachronic: 通時的)とは、時間の流れに沿って変化していく言語の側面を言います。共時態(synchrony, synchronic: 共時的)とは、常に変化している時間の流れの一時点を抜き出してみた側面を言います。つまり、微分が共時態、積分が通時態のようなものですね。言語学には、これらを元に時の変化に伴う言語の変化を研究する通時態の学問、時間を軸に特定の言語の構造や体型を研究する共時態の学問が存在する、と。

また、記述されたものも同じ。記述された内容は、そのある時点での内容なので、連続した事象のある時点でのことでる、ということを忘れてはいけないですね。書籍に書かれたものや、資料に書かれたものは今でも有効なのか、変化しているのか、とかとか。そういうところはとても注意が必要な概念。

言語学は法則科学になる必要はない。それは対象の本性がそうなることを禁じているから法則科学になることができない。人間諸科学は物理的諸科学に比べてある種の厳密さ以上の厳密さに憧れてない。
> P、343より

こう考えると、ソフトウェア開発のWFやAgileの話と似通っているところがありますね。また、それらをまとめた書籍もしかり。そして、品質というものを考えた時、従来のものは共時的品質(synchronic quality)、時間経過による変化を前提とした品質を通時的品質(diachronic quality)と呼ぶ、のも面白そうです。

詳しく内容を理解するには言語学に対する専門性が足りなくて難しい(覚えないことが多い)ので流し読みに徹したところもありますが、全体的に言語の流れは様々な変化に対する話にとって参考になる面が多そうです。

頭を使った…

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